第2回 米騒動と公設市場

  第一次世界大戦期には米価を始め諸物価は騰貴した。さらにシベリア出兵により軍需をみこした大商人の米の買い占めにより米価が騰貴した。大正7年(1918)8月10日、京都・大阪に続いて名古屋でも暴動が始まり、次いで県下の地方都市に波及した。※1
 岡崎市も例外ではなかった。8月13日に額田郡福岡町では町民約300人が町長宅や米穀商を襲った。※2波及を恐れた岡崎市では14日、市の有力者が集まり17日から米の廉価販売を実施することを決定した。しかし、この夜8時頃岡崎公園に約千人の群衆が集まり気勢をあげ、電燈を破壊、穀物商に投石し、さらに岡崎電燈などを襲おうとした。そこで予定を早め翌15日から内地米の廉価販売を行うこととした。ところが、15日にも3千人が岡崎公園に集まり騒乱となった。市はこの難局を乗り切ろうと、助役・小瀧喜七郎を発起人代表者として岡崎市救済会を創立(14日)。ラングーン米・サイゴン米・シャム米といった外米を大量に買い入れ、急場をしのいだのである。
 米騒動への対応策は公設市場の設置へとつながる。岡崎市では、大正9年(1920)3月、伝馬町に敷地265坪、7店舗の規模を有する公設市場が開設された。市場内では、米穀・野菜・呉服といった食料品や生活必需品を扱い、市民生活の便宜を図った。大正15年(1926)に元能見、昭和3年(1928)に中町にも開設され、いずれも市民の消費生活の場として大きな役割を果たした。  

  
  岡崎市文化財保護審議会会長 渡邉 則雄

 

※1「愛知県の百年(平成5年)」から引用
※2「新編岡崎市史総集編(平成5年)」から引用

(写真)傳馬町公設市場(中央図書館所蔵「岡崎市公設市場要覧(昭和8年)」)

傳馬町公設市場(中央図書館所蔵「岡崎市公設市場要覧(昭和8年)」)

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