三河仏壇
今日の仏壇、仏具製造の基礎は、江戸時代中期の「宗門改め」によって檀家制度が確立され、各家庭に仏壇が普及するようになったことが始まりとされています。三河仏壇の起源は、文献によればこれと同時代の元禄17年(1704年)とされ、創始者は仏壇師庄八家により製造されていたと伝えられています。当時、仏壇の原材料である木材は、矢作川の水運を利用して得られるマツ、スギ、ヒノキの良材で、漆は三河北部猿投山麓で採れたものを使って作ったのが始まりといわれています。
その後、幕末から明治時代にかけて岡崎市内はもとより三河地方を中心とした地域で開業者が増え、現在の三河仏壇の産地が形成されました。三河仏壇の特徴としては、毎日のおつとめが便利なように台が低く、寺院の内陣の豪華さを家庭用仏壇に取り入れるよう工夫した「うねり長押(なげし)」作りや精巧な彫刻などがあげられます。
昭和51年7月に産地組合である三河仏壇振興協同組合が設立され、同年12月15日に経済産業大臣から伝統的工芸品の指定を受けました。
製造工程
三河仏壇は、一人一職一芸で、8人の専門職の製品が集まって完成されます。「八職」と称される高度な技術を持つ専門家の合作による伝統的な分業生産体制がとられています。
八職
- 木地師 仏壇の外郭本体を作る
- 宮殿師 仏像・仏画を安置する須弥壇・屋根・桝組を作る
- 彫刻師 仏界のさまざまな絵模様を木彫する
- 金物師 仏壇に取付ける錺金具を作る
- 塗師 木地部分に漆塗りをする
- 蒔絵師 漆塗りされた部分の必要な個所に絵模様を描く
- 箔押師 漆塗りされた個所に金箔を貼り付ける
- 組立師 錺金具を取付け各部分を検査し1本の仏壇に組立てる
三河仏壇振興協同組合
所在地:岡崎市曙町2番地1
電話番号:0564-24-7766
三河仏壇振興協同組合ホームページ(新しいウィンドウで開きます)
