市指定:建造物 大久保忠員石宝塔
大久保忠員石宝塔
総高160.0cm、花崗岩製。相輪は三輪までありますが、あとは欠失しています。受花は八弁、覆鉢です。笠は、上部に露盤を造り、下に二重軒を造っています。大久保家の菩提寺である長福寺に建てられています。基壇部分には、「天正十壬午年/了意㚑 /十一月十三日」と刻まれています。
大久保忠員(1511~1583)は、家康の祖父清康、父広忠に仕えた武将で、弘治元年(1555)の 織田と今川の戦いである蟹江城の戦いで特に活躍した蟹江七本槍のひとりでもあります。また、その子どもたちには、忠員と同じく蟹江城七本槍のひとりであり、徳川十六神将として有名な忠佐(ただすけ)・忠世(ただよ)、「三河物語」の著者である忠教(ただたか。通称:彦左衛門尉。)がいます。
ふりがな | おおくぼただかずせきほうとう |
指定(種別) | 岡崎市指定(建造物) |
員数 | 1基 |
指定年月日 | 昭和42年9月14日 |
所在地 | 岡崎市竜泉寺町字百々21-1 MAP(新しいウィンドウで開きます) |
所有者 | 個人 |
建築年代 |
天正10(1582)年、宝暦12(1762)年修補 |
公開情報 | 見学可 |
参考文献 |
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関連文化財 | 市指定:建造物 大久保浄源石宝塔 市指定:史跡 大久保忠教墓 大久保忠員墓 宇津忠茂墓 |
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