市指定:史跡 本多忠勝誕生地
本多忠勝誕生地
天文17年(1548)本多忠勝はこの地に生まれ、徳川家康に従い、数多くの戦いで武功を立てました。慶長6年(1601)桑名城主となり同15年(1610)63才で没し、桑名の浄土寺に葬られました。忠勝は徳川四天王の一人とされ、50数度の戦いで一度も負傷したことがなかったと伝えられています。またこの地は火打山といわれ、英雄を偲ぶにふさわしいところです。標柱記は子孫の本多忠敬(ほんだ ただあつ。1863~1920 岡崎藩最後の藩主本多忠直の子で貴族院議員や宮内省式部官を務めた人物。旧本多忠次邸の元所有者である本多忠次は忠敬氏の次男。)筆で「本多平八郎忠勝誕生地」とあります。
ふりがな | ほんだただかつたんじょうち |
指定(種別) | 岡崎市指定(史跡) |
面積等 | 41.79平方メートル |
指定年月日 | 昭和37年6月15日 |
所在地 | 岡崎市西蔵前町字峠 MAP(新しいウィンドウで開きます) |
所有者 | 岡崎市 |
時代 | 天文17年(1548)年誕生 |
公開情報 | 通常見学可 |
参考文献 |
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注意:文化財の概要については、新たな発見や再調査により記載内容が変更となる可能性があります。
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