旧本多忠次邸施設概要

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ページ番号1004843  更新日 2026年1月28日

昭和の洋館 旧本多忠次邸

写真:旧本多忠次邸外観
旧本多忠次邸外観
写真:本多忠次
本多忠次

旧本多忠次邸は、本多忠次(1896年から1999年)が、昭和7年(1932)、東京・世田谷の敷地約7,100平方メートル内に建てた住宅と壁泉の一部を移築し復原したものです。
忠次は徳川家康の四天王と言われた武将・本多忠勝(1548年から1610年)を始祖とする旧岡崎藩主本多家の子孫です。子爵家の二男として生まれた忠次は、学習院を経て東京帝国大学文科大学哲学科で新しい時代を学びました。そして36歳の時、周到な調査と準備を行い、敷地選定から建築基本設計を自身で手がけ、約1年の時間をかけて完成させたのがこの住宅です。

写真:旧本多忠次邸団らん室
団らん室
写真:旧本多忠次邸壁泉
壁泉

建物は、昭和初期の邸宅建築に好んで用いられたスパニッシュ様式を基調に、一部チューダー様式を加味した木造2階建ての洋風建築です。屋根に赤褐色のフランス瓦を葺き、1階の西側には車寄せをつけた玄関、南側中央には三連アーチのアーケードテラス、続く東側には2階まで続く半円形のボウ・ウィンドウを配置しています。外壁は色モルタル仕上げで、アーチや窓の枠にはスクラッチタイルが貼ってあります。

写真:旧本多忠次邸浴室
2階浴室
写真:消火栓
消火栓

また前庭には、日本のスパニッシュ建築様式には欠かせないといわれる壁泉があり、吐水口であるシャチのレリーフが建物の妻飾りにある獅子と向かい合うように造られています。
内部は日本間と洋間を共存させた和洋折衷式となっており、接客空間と生活空間をうまく区別させた間取りは、家族の団らんやプライバシーを重視し始めた現代住宅へと変化する時代の先駆けといえます。各部屋の照明器具や家具は施主による趣向が凝らされ、当時流行したステンドグラス、モザイクタイルとともに邸内を彩っています。館内のあちこちにはラジエターが設置され、廊下には個人の邸宅には珍しい消火栓も見ることができます。

施設概要

所在地

〒444-0011 愛知県岡崎市欠町字足延40番地1

運営

岡崎市

用途

建物展示、館内での常設展示・企画展示、有料貸展示室

敷地面積

約2,280平方メートル

建築面積

約356平方メートル

延床面積

約522平方メートル

  • 1階 316平方メートル(1階復原部分 270平方メートル、増築部分 46平方メートル)
  • 2階 206平方メートル

建築構造

木造二階建て一部鉄骨造

建築様式

スパニッシュ様式を基調

オリジナル部材使用率

瓦78%、タイル66%、木材78%

復原工期

平成22年8月から平成24年3月

開館

平成24年7月6日(金曜日)

旧所在地

東京都世田谷区野沢

当初敷地面積

約7,100平方メートル

当初竣工年

昭和7年

設計・施工

白鳳社建築工務所(基本設計は本多忠次)

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旧本多忠次邸
〒444-0011 岡崎市欠町字足延40番地1
電話:0564-23-5015 ファクス:0564-23-5015
旧本多忠次邸へのお問い合わせは専用のフォームをご利用ください