本多光太郎資料館
鋼鉄の父・本多光太郎博士
本多光太郎博士は、その生涯を地球物理学・磁気学等の研究に終始。KS磁石鋼や更に強力な新KS鋼を発明し、その功績をたたえ「鋼鉄の父」とうたわれました。
1961年7月1日郷土が生んだ世界的物理学者としての博士の偉業を讃え、岡崎市名誉市民に推挙されました。
施設案内
- 電話
- 東公園管理事務所/0564-24-0050、岡崎市公園緑地課/0564-23-6093
- 入館料
- 無料
- 開館時間
- 9時00分~16時00分
- 定休日
- 年末年始(12月29日~1月3日)
地図
本多光太郎資料館
されています。
石碑があります。
「つとめてやむな」
この一語は博士が母校の子供たちに贈ったことばです。博士は恩師長岡幸太郎の「秀才であることより、努力家であることが大切だ」との教えを実践された人でもあります。
この資料館は、博士が勉学に励んだ建物を移築したもので、当時博士が勉強をしていた部屋がそのまま残されています。
館内には博士の研究資料や書記が展示されており、また博士の発明に影響を受けた機械やその功績を解説するロボットが展示されています。
本多光太郎について

本多光太郎年表
- 1870年2月23日岡崎市新堀町字大庭において、農業本多兵三郎の三男として生まれました。
- 1877年桑子小学校に入学、1881年随念寺の高等小学校に進学するも学校嫌いで成績も悪かった。後、寺田松次郎先生の私塾に学び、その薫陶を受けて向学の志を立てました。
- 1887年17歳の時上京、1894年東京帝国大学理科大学物理学科に入学、地球物理学・磁気学等を専攻、研究に終始しました。
- 1907年独英に留学、物理学の研究に没頭し努力と頑張りの4年間を過ごしました。帰国後東北帝国大学理科大学教授となりました。
- 1916年理科大学理化学研究所主任となり、KS磁石鋼を発明、同年鉄に関する研究により帝国学士院賞を授与されました。
- 1931年東北帝国大学総長となり、1933年KS磁石鋼より更に強力な新KS鋼を発明、「鋼鉄の父」とうたわれました。
- 1937年第一回文化勲章を授与されました。1940年総長を退任、正三位勲一等瑞宝章を授与され、1951年文化功労者に選ばれました。
- 1954年2月12日84歳で逝去、文字通り「研学修道」の一生を終えられ、勲一等旭日大綬章を賜りました。
- 1961年7月1日郷土が生んだ世界的物理学者としての博士の偉業を讃え、岡崎市名誉市民に推挙されました。
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このページに関するお問い合わせ
都市基盤部 公園緑地課 管理係
〒444-8601 岡崎市十王町2丁目9番地(西庁舎4階)
電話:0564-23-6256 ファクス:0564-23-6559
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