市指定:史跡 奥殿藩藩主廟所

奥殿藩の初代真次から代々の藩主や奥方などの墓塔が立ち並ぶ廟所です。
奥殿藩は大給(おぎゅう)松平氏の分家1万6千石の譜代藩です。大給松平氏は、松平4代目親忠(ちかただ)が明応2年(1493)井田野の戦いの後、北方の備えとして次男乗元(のりもと。)を大給城主として分立させ、5代真乗(さねのり。1546~1582)まで大給に居住しました。真乗の次子真次(さねつぐ。1577~1646。奥殿藩初代)が、祖父の旧地を願い額田・東加茂郡で7千石を受け、その長子乗次が1万6千石の大名となりました。奥殿藩4代乗真(のりざね。1687~1716)が正徳元年(1711)に大給城地の役宅を、交通・政治に至便な奥殿に移し、陣屋としました。大給松平氏の墓所は、3代乗成(のりしげ。1658~1703)の時に整備され、4代乗真の時、東京の赤坂浄土寺とあわせ埋葬地となりました。
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ふりがな
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おくとのはんはんしゅびょうしょ
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指定(種別)
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岡崎市指定(史跡)
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面積等
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478.00平方メートル
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指定年月日
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昭和63年11月7日
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所在地
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岡崎市奥殿町字椰ノ谷下
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所有者
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個人
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時代
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江戸
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公開情報
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通常見学可
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参考文献
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- 『新編岡崎市史 第3巻 近世』新編岡崎市史編集委員会、1992年、351-365ページ
- 『新編岡崎市史 第20巻 総集編』新編岡崎市史編集委員会、1993年、107ページ
- 三河武士のやかた家康館『奥殿藩松平家 臼田町ゆかりの町提携20年』2003年、17ページ
注意:文化財の概要については、新たな発見や再調査により記載内容が変更となる可能性があります。
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