市指定:絵画 絹本著色十二天像

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ページ番号1011717  更新日 2026年1月23日

写真:絹本着色十二天像1
絹本着色十二天像「梵天(左ノ五)」
写真:絹本着色十二天像2
絹本着色十二天像「帝釈天(右ノ一)」

ヒンドゥー教の神々が仏教に取り入れられて仏教の守護神となった十二天の絵画です。

護摩堂には木造十二天立像があり、絵画と彫刻が揃う例として貴重です。裏書に沿い左右に並べると、尊像の向きが内側へ一致します。制作年代は寄進年より古く室町時代末期頃までさかのぼる可能性がある。帝釈天像裏書には、明和元年(1764)に不動明王像とともに表具が改められたことがわかります。

甲山寺は、寺伝では大同3年(808)最澄の創立。享禄3年(1530)に安城村(安城市)薬師堂とその六坊(東円坊・多宝坊・極楽坊・吉祥坊・花蔵坊(もと円寿坊・法寿坊)を安祥城主松平清康が岡崎城鬼門の守護として移転し甲山寺としました。以後、松平家・徳川家の祈願寺となります。天文13年(1544)に松平広忠が和田村法性寺の六坊(定光坊・杉本坊・密祥坊・中之坊・密厳坊・大円坊)を移転、護摩堂を建て総本堂としー山十二坊の寺院となりました。後に六坊が廃絶しましたが、慶長8年(1603)徳川家康が本堂を再建、朱印地250石を寄進しました。元禄15年(1702)綱吉が本堂を再建しました。明治7年(1874)多宝坊が甲山寺に、その他は極楽坊に合併し2ヶ寺となりました。

ふりがな
けんぽんちゃくしょくじゅうにてんぞう
指定(種別)
岡崎市指定文化財(絵画)
員数
12幅
指定年月日
平成17年12月20日
所在地
岡崎市六供町字甲越
所有者
甲山寺
管理者
岡崎市美術博物館(高隆寺町)寄託
時代
室町時代末期
参考文献
  • 『天台のほとけ その美術と三河の歴史』岡崎市美術博物館、2003年、48-50ページ
  • 渡邉里志「甲山寺の仏教絵画」(《岡崎市史研究》第26号、2005年、38-52ページ)

注意:文化財の概要については、新たな発見や再調査により記載内容が変更となる可能性があります。

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