市指定:絵画 絹本著色超誉上人像

超誉存牛(ちょうよぞんぎゅう)は信光明寺3世住職です。松平親忠の5男として文明元年(1469)に生まれました。同13年出家して御津大恩寺(みとだいおんじ)に入り、肇誉訓公(ちょうよくんこう)に師事しました。信光明寺2世の肇誉が永正8年(1511)知恩院23世になると、信光明寺3世となり、同17年には肇誉の遺言で知恩院住持となりました。知恩院興隆につとめ、在任7年で岩津に帰り隠居。松平郷に高月院を開創し、天文18年(1549)に没しました。法被を懸けた椅子に端坐する超誉上人の姿を描いたものですが、端整な描写で室町時代肖像画の作風を伝えています。
信光明寺は、松平家3代信光が、釈誉存冏を開山として宝徳3年(1451)親氏・泰親菩提のために創建した浄土宗寺院です。弥勒山、崇岳院と号します。信光が帰依した存冏は下総国飯沼弘経寺で修学した僧侶で、当寺の建立は飯沼法流の三河進出の発端となりました。文明10年(1478)に法堂(現在の観音堂)が建立され、同11年には後土御門天皇の勅願所となりました。長享2年(1488)に没した信光は当寺に葬られ、導師存冏により崇岳院殿と称号されました。2世肇誉訓公は弘経寺了暁慶善の弟子、3世超誉存牛は松平親忠の5男で、両人とも知恩院住持となり、三河鎮西派の京都進出に大きな役割を果たしました。元亀年間の武田信玄の三河侵入の際に法堂のほかは焼失したと伝えられています。
- ふりがな
- けんぽんちゃくしょくちょうよしょうにんぞう
- 指定(種別)
- 岡崎市指定文化財(絵画)
- 員数
- 1幅
- 指定年月日
- 平成19年12月18日
- 所在地
- 岡崎市岩津町字東山
- 所有者
- 信光明寺
- 管理者
- 岡崎市美術博物館(高隆寺町)寄託
- 時代
- 室町時代
- 参考文献
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- 『新編岡崎市史 第17巻 美術工芸』新編岡崎市史編さん委員会、1984年、445ページ
- 『三河浄土宗寺院の名宝 浄土へのいざない』岡崎市美術博物館、2011年、39ページ
注意:文化財の概要については、新たな発見や再調査により記載内容が変更となる可能性があります。
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