県指定:彫刻 木造南無仏太子像

二歳南無仏太子と呼ばれる像で、聖徳太子が2歳のとき、東方に向かって南無仏と唱えたところ、合唱した手の中から舎利(釈迦の骨)があらわれたという伝説に基づいて造られた像です。真宗では、開祖親鸞とともに聖徳太子を「和国の教主」として崇敬しており、多くの寺院にさまざまな太子像が安置されています。この像は、半身裸形、半眼瞑想の合掌体で、鎌倉後期にもっとも流行した像造形式です。この寺が真宗寺院として再興されたという、鎌倉時代末の正応2年(1289)頃の制作と考えてほぼ間違いはないと思われます。像高は69.5cm、寄木造、玉眼嵌入(ぎょくがんかんにゅう。目に水晶をはめ込むことでより実際の目に近い表現をする技法。)で、裸形の上半身には黄土、袴には朱が塗られています。太子2歳像としては典型的な姿ですが、袴に結び紐を付しているのはめずらしく、また、面相の表現、袴褶の彫法などはおだやかで、親しみが感じられます。裳裾の右側、後方へ引いた部分が欠失している以外、保存もよく、かなり優れた作品であるということができます。
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ふりがな
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もくぞうなむぶつたいしぞう
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指定(種別)
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県指定文化財(彫刻)
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員数
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1軀
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指定年月日
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昭和33年3月29日
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所在地
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岡崎市菅生町字元菅
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所有者
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満性寺
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管理者
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満性寺
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時代
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鎌倉後期
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参考文献
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- 『新編岡崎市史 第17巻 美術工芸』新編岡崎市史編集委員会、1984年、95ページ
- 『再発見!岡崎の文化財』岡崎市美術博物館、2001年、18ページ
- 愛知県史編さん委員会編『愛知県史 別編 文化財3 彫刻』愛知県、2010年、438-439ページ
- 奈良国立博物館ほか編『法隆寺展 聖徳太子と平和への祈り』読売新聞社、2014年、139ページ
注意:文化財の概要については、新たな発見や再調査により記載内容が変更となる可能性があります。
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